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    スリランカで知る “ジェフリー・バワ” の世界

    スリランカの建築家ジェフリー・バワ(Geoffrey Bawa, 1919–2003)は、「トロピカル・モダニズム(熱帯建築)」と呼ばれる設計手法で知られています。建物には通風や採光が取り入れられており、植栽と一体化した構成が特徴です。屋内外の境界を曖昧にする設計により、周囲の自然環境と連続した空間がつくられています。

    スリランカを訪れる際、バワの建築は観光対象としてだけでなく、実際に滞在や利用を通じて体験できる施設として存在しています。多くの建物は現在でもホテルや公共施設として使われており、自然環境と建築が一体となった空間として機能しています。


    目次

    ジェフリー・バワという人物

    1919年、コロンボの裕福な家庭に生まれたジェフリー・バワは、若いころは建築家ではありませんでした。
    イギリスのケンブリッジ大学で法律を学び、弁護士として活動していたのです。
    しかし、旅が彼の人生を変えました。ヨーロッパや中東を旅する中で、風景と建築の関係に強い関心を持ち、40歳を前にしてロンドンの建築協会学校に入学します。

    彼の出発点は「旅」そのものでした。
    建築とはその土地を理解し、そこに生きる人と自然を結びつける行為である。
    この思想が、後にスリランカを象徴する建築文化を生み出す礎となりました。


    建築と自然の境界を消すという発想

    バワの建築を語る上で欠かせないのが、「境界の消失」というコンセプトです。
    室内と屋外を分けない。壁を立てる代わりに木を植え、ガラスの代わりに水面を映す。
    彼の建築には、人工物の輪郭をあえて曖昧にする思想が貫かれています。この考え方は非常に独創的かつ斬新であり、現在でもバワ建築の大きな特徴となっていまう。

    これは、熱帯という過酷な自然環境を“敵”ではなく“共存すべき存在”として受け入れる姿勢でした。
    風を遮らず、光を制御せず、雨さえも設計の一部に取り入れる。
    バワにとって建築とは、自然を支配するものではなく、自然に身を委ねるための器でした。

    この考え方は、のちに「トロピカル・モダニズム」と呼ばれ、アジアの建築思想に新しい潮流を生み出します。
    冷たいコンクリートに草木が絡みつき、屋根の下を風が通り抜ける。
    その風景は、まるで自然が建築を生き返らせているように感じられます。


    バワの原点 ルヌガンガ邸を訪ねて

    スリランカ南西部、ベントータの湖畔にある「ルヌガンガ邸(Lunuganga)」は、ジェフリー・バワが生涯をかけて作り続けた自邸です。
    1940年代から2003年の晩年まで、彼はこの地を“終わることのない作品”として手を加え続けました。

    ルヌガンガを歩くと、庭園と建築の区別がなく、すべてが一つの風景として溶け合っています。
    小道を抜けると湖を望むテラスがあり、木々の影が壁を柔らかくなでる。
    室内には仕切りがほとんどなく、光と影が時間とともに移り変わります。
    この家は、彼にとって実験室であり、瞑想の場であり、旅の終着点でもありました。

    現在は宿泊施設として一般にも公開されており、訪れる人は彼の思想を体感することができます。
    朝、鳥の声で目を覚まし、湖を渡る風を感じながら建物の中を歩くと、建築が“生きている”という感覚がはっきりと伝わってきます。

    自然と共に呼吸するホテル ヘリタンス・カンダラマ

    スリランカ中部、ダンブッラ近郊の岩山に建つ「ヘリタンス・カンダラマ(Heritance Kandalama)」は、
    バワの代表作として知られています。
    巨大な岩壁に溶け込むように建物が伸び、外壁を覆うツタや植物が、建物と風景の境界を消してしまいます。

    部屋の窓からはシギリヤ・ロックが遠くに見え、プールの水面と湖の境界が曖昧なインフィニティ構造は、自然と建築の調和そのもの。
    夜には静かな虫の声だけが響き、建築が“自然の一部として眠っている”ような印象を受けます。

    このホテルの特徴は、環境に負荷をかけない設計思想です。
    建築は地形を削らず、熱帯の気候をそのまま活かした構造。
    エアコンに頼らず、風と水が建物を冷やす設計がなされています。
    自然を壊すことなく、自然と共に存在するホテル。それが、ジェフリー・バワの哲学を最もわかりやすく伝える場所なのです。

    都市の中の静寂 シーマ・マラカヤ寺院

    コロンボの中心にある「シーマ・マラカヤ寺院(Seema Malaka Temple)」は、湖の上に建つ仏教寺院です。
    もともと老朽化した寺院の再建を依頼されたバワは、伝統的な寺院建築の形式を保ちながら、現代的な構造で再設計しました。

    湖上に浮かぶ木造の建物は、金色の仏像と青い水面が美しく反射し、喧騒の都市にありながら、静謐な時間が流れています。風が水面を渡り、屋根の隙間から光が差し込む。
    そこには宗教建築というより、「祈りの風景」というべき空間が広がっています。

    スリランカ国会議事堂

    首都キャンディ近郊の人工島に建てられた「スリランカ国会議事堂」は、バワの公共建築の最高傑作といわれます。
    伝統建築の屋根をモチーフにしながらも、全体はモダンで幾何学的。
    水面に映る建物の姿は、まるで“国そのものが自然に抱かれている”ようです。

    政治という権威的な空間に、自然の静けさを取り込む。それは、権力と自然、文明と風土をつなぐバワらしい発想でした。

    バワの建築が教えてくれること

    ジェフリー・バワの建築を巡る旅は、観光地を訪ねる体験とは少し違います。
    それは「自然を通して自分を見つめ直す旅」です。
    風、光、影、音、匂い――すべての感覚が穏やかに刺激され、自分がどれほど人工的な空間に慣れていたのかを思い知らされます。

    彼の建築には、派手な装飾も、見せるための構造もありません。
    あるのは、時間とともに変化し続ける自然の姿を受け入れる心。
    旅人にとってそれは、建築というよりも“哲学の空間”です。

    「建物を建てることは、風景の一部を作ること」と、バワは語っていました。
    その言葉の通り、彼の建築は人間のために作られたものではなく、
    自然の呼吸の中に人間をそっと置くための場所でした。

    終わりに

    ジェフリー・バワの作品を訪ね歩くと、どの建物にも共通する「静けさ」と「やさしさ」が感じられます。
    それは自然を恐れず、調和を求めた建築家の精神そのものです。

    スリランカという国が持つ豊かな緑、湿った風、香る雨、差し込む光。
    それらをそのまま“建築の素材”に変えたのが、彼の偉大な功績でした。
    彼の建築は完成しても、永遠に完成しない。植物が伸び、影が移ろい、風が形を変え続けるからです。

    バワの建築を旅することは、人間が自然とどのように共生していけるかを考える時間でもあります。
    スリランカでバワの足跡をたずねることは、彼の思想を感じ、自然との対話を求める旅といってもいいかもしれません。


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